しかしこれも、“オマージュ”や“モチーフ”、または“パロディ”などの言葉に変換すると、ずいぶんと聞こえがよくなるのも事実。
では、“パクリ”と“オマージュ”の境界線とはどこにあるのだろうか?
■“リスペクト”の有無がパクリとオマージュを大きく分ける
一般に、“オマージュ”とは、尊敬するクリエイターや作品に影響を受けて、似たようなアプローチの作品を作ることを言い、“リスペクト”という言葉も同様の意味で使われる。
一方、そうした敬意や尊敬の念を持たず、独自のアイディアや表現を加えない単なる模倣や盗作を“パクリ”と呼ぶようだ。
■模倣の仕方が上手なら“オマージュ”、下手なら“パクリ”!?
マンガやアニメ、ゲーム等のクリエイターで、出版業にも携わるK氏にパクリとオマージュについて話を聞いた。
「典型的な物語の話をしましょうか。荒野にある小さな街に、ひとりの風来坊がやってきます。
そこで出会ったのは、薄幸そうな女と、世をすねる若い男。
風来坊は若者に“男とはなにか”を説きながら、かつて愛した女を捜す旅を三人で続けていく……」
「それって、『幸福の黄色いハンカチ』ですか?」
「私は『北斗の拳』のつもりで話したのですが(笑)。
このように、物語なんてある程度は似たような展開ですし、物語のパターンは数十種類ぐらいしかないとも言われます。
要するに、多少のパクリなり模倣はしょうがないとも言えます。
極端に言えば、そのパクリ方が上手なら“オマージュ”、下手なら“パクリ”とも言えるのではないでしょうか」
さらには「この作品の元ネタはコレです」と堂々と言えるのが“オマージュ”で、言えないものがパクリ、とも続けるK氏。
たとえ同じ題材であっても、違う切り口、違うアングルをクリエイター側が提示できれば、それは“オリジナル”になるのかもしれない。
あれは大失敗だったという理由から皮肉的な意味でパクリじゃないかもね
「素晴らしい作品だった!」と感動していたら実は元ネタがあったというのがパクリとしての大成功パターン
あれは「えっ、なんで唐突にこんなセリフ?」「ラブライブのテーマと食い違ってるんじゃ?」「○○はこんなこと言わない!」
と散々だったからな
ネタだけならともかく、構図までパクるのはいかんわ
適当に作ってもファンは製品を買うんだろと、作り手の怠惰が見られる
まあ、事実その通りだったんだが・・・
ただし焼き物と一緒で作家の個性がある程度反映された場合はパクリでもオマージュでもない。
そしてそれを受け手が理解できるかはまた別の話。
バレなきゃ困るのがパロディ。
気付いて貰えたら嬉しいのがオマージュ。
実に上手いね、使わせてもらうわ。
パクりでもオマージュでもなく「引用」として。
こんな話題のスレなので、念のため補足しておきます。
仮にも匿名掲示板で正直者杉ワロタw
だけど抵触するならあんさんみたいな対応するのが普通だよな
疑惑をかけられて否定も言い訳もせず
ダンマリ決め込むとかさ、ほんま胸糞悪い奴もおる
オマージュ…元ネタを盛大にアピールしながら一捻りを入れている表現技法
「この作品の元ネタはコレです」と堂々と言っても
パクリはパクリだろ
それが許されたら
「基本設定が外国作品そのままで、舞台を日本にしただけ」
で何でもできてしまう
ネタ元作者がいいよ、最高だ、といえば黙るしかない
喜んでる場合は許可取ってるかチェックした上で草生やしてるのか?
ああ、でもそれが本質かもね。著作権関係ない古い作品であればどれほどメチャクチャな
パクリは勿論、コピーそのものでも問題ないもんね。西遊記だって三国志だってベルヌだって
シェークスピアだってそうだ。全部オマージュ扱いにされる。或いは現代版それってなだけ。
あのパクリ元を隠さず公開する姿勢は好き
あそこまで嬉々として語られるとネタ元に興味が湧くのでむしろありがたいわ
司馬遼に手を出したきっかけはるろ剣だった
元ネタへの敬意の欠片もないただのデザイン盗用なのに
「白状してるんだからオマージュ」てのはどうかとおもうの